旧福地小学校 木造校舎

現在 自然と経験の学校

中学校は隣村に統合され、小学校は新築鉄筋校舎が建つのに伴って廃校となった旧小中学校校舎です。現在、東京から移住された葛生夫妻がお住まいです。

自然と経験の学校として東京などから来られる子供たちのキャンプの基地として長年使われています。

 

職員室や教室などなるべく当時の木造校舎の面影を残しながら、みんなが宿泊できるように空き教室には一面畳が敷かれ、大きな岩風呂も増設されています。


このお方が葛生良一さんです。


あのぉ・・こんなことあるんですかね?

不思議なご縁の葛生夫妻が住んでます

この廃校には現在、東京から移住して来られた葛生夫妻が住んでます。

一体何のご縁か??

この校舎のすぐ横に私は住んでいて正真正銘の隣人です。

 

ところで、ご主人葛生さんとは不思議なご縁があります。

私の父は熊本出身なのですが、葛生さんと全く同じ日に生まれました。つまり生年月日が全く同じです。

 

それからこれ。

16年前、私は福地に来る前に財団法人横浜YMCA、ビルの3階で働いていました。

 

いよいよ会社を辞め岐阜の山里で農業を始めようと上司に相談したところ、今からすればありがたいことですが、副社長が長時間に渡り慰留して下さいました。

それでも会社を辞める意思が固いと知るや、「慰留説得役」に入室してきた人がいました。 横浜YMCA専門学校 講師・・

それが今の隣人、葛生さんです。

 

YMCAで葛生さんとお会いするのはこれが最初で最後でしたが、慰留役の葛生さんとの会話は今でもはっきり覚えています。

 

「これだけ慰留してもらっているんだから、YMCA辞めないで頑張ったらどうなんだ。君はYMCA辞めてどうするつもりなの?」

「はい、岐阜の山の中で農業をしたいと思います」

「何?岐阜・・私も岐阜にはご縁があってね。で、岐阜のどこ?」

「八百津町という所です」

「何?八百津町?八百津町のどこ?」(なんで興味津々なの?)

「え~と・・福地と言う所です」

「何々?福地?!?こりゃスゴイ!そこは私がもう何年も前から小学校の廃校を町から借りて、私が自然と経験の学校をしている所だ!!」

「はぁ・・・」(何のことやら訳分からず・・)

「ちょっと待ってて、今その福地での廃校利用の開所式の新聞記事を持って来るから」

「はぁ・・」(記事を見ても訳が分からないまま・・)

 

「そうか、岐阜の福地か!それじゃあ、辞めて良し!」

「はぁ・・ありがとうございます・・・」

 

いま、隣人です。(その後、葛生さんが引っ越してこられました) 

なんと、16年前まで同じ会社の3階と7階で働いていたんですね~ 

 

 

そんな葛生良一さんのブログ「福地便り」はこちら↓です。 

  http://blogs.dion.ne.jp/hukuchi/