勝ったのは百姓たちだ

こんな寒中見舞いが届いた。
若い時に出会って彼ほど「かっこいい」と
思った人はいない。

むかし品川だったか新橋だったか
その人は路上で津軽三味線を弾いていた。
津軽も舞踏も曲も映画もチンドン屋もプロ、
才能をこんなにも一人占めしてる人を
私は知らない。

夜のとばりの中で私も彼の津軽に聞き入っていた。
通りすがりの聴衆と彼の間には投げ銭の
千円札が何枚も入っているザル。

三味線演奏がひとしきり区切りになると
「おい、山ちゃん、こっちおいで!」
と彼が私を呼ぶ。
「はぁ」と近寄ると
投げ銭ザルに一杯入ったお金を
ザラッと集めて「手を出しな」
「ほら、全部持っていけ!」と言う。
「な、なんですと?!」

そんな貴重なお金はもらうわけにはいかない。
何度も固辞したが、断りきれずに私は
とうとうそのお金を両手いっぱいにしたまま
何度も頭を下げて岐阜に帰ることになる。

「なんと申し訳ない。そして、なんと言う
かっこいいことをしてくれるのだ!😭!」

それはもう随分昔のことだけど
都会のその晩のことが今でも昨日のことの様に
宝ものの時間として記憶に残ってる。

さて、黒澤明の映画ポストカードが出てきて
山ちゃんにはこれだ!と思い出して
寒中見舞いを書いてくれたそうだ。
島田勘兵衛のセリフが添えてあった。
「勝ったのは百姓たちだ」

彼なりの私へのエール。
随分時間が経って私も歳を重ねたけれど
その先をいく彼はやっぱり今でも
かっこいい。